駅弁は、場所と場所の間で食べるもの。
たとえば、秋の旅。
駅で弁当を買う。
新幹線に乗る。席に座る。
食べようと思えば、もう食べられる。
でも、まだ。
発車ベル。
ドアが閉まる。
ホームが、すーっと後ろへ動く。
……よし。
ここで、ふたを開ける。

なぜ待つのかは分からない。たぶん、駅弁は止まったまま食べるより、動きながら食べたい。
窓の外は、ビル、住宅、川。箸を伸ばしているあいだにも景色が変わる。
秋の弁当を思い描く。きのこご飯に里芋、紅葉の形の麩。外の木がまだ青くても、箱の中は先に秋にできる。
外はまだ青いのに、弁当の中だけ紅葉してる。
ちょっと先取りしすぎじゃない?
と思いながら食べる。
富士山が見える。
箸が止まる。
写真を撮る。
また食べる。
トンネルに入る。窓が暗くなって、自分と弁当が映る。
また明るくなる。
駅弁って、目的地の食べものじゃない。
東京でも大阪でもなく、その途中で食べている。
だから「どこで食べた?」より、「どこへ行くとき食べた?」の方が思い出しやすいのかもしれない。
最後のひと口。
ふたを閉める。
もう、けっこう遠くまで来た。
次の駅、もうすぐだ。