酒をしぼる。
酒ができる。
酒粕が残る。
……おしまい?
ではなかった。

1870年。神戸・御影で始まった髙嶋酒類食品の最初の仕事は、酒粕の仲買と、酒粕から焼酎をつくることだった。酒そのものではなく、しぼったあとに残る方から歴史が始まっている。
そこから二十六年進む。
1896年。酒粕からつくった焼酎で、本みりんをつくる。
さらに八年。
1904年。酒粕と本みりん、みりん粕を使って、奈良漬をつくり始める。
酒粕。焼酎。みりん。奈良漬。
年表を右へ進むたび、前の仕事が次の材料になっていく。
ところが、奈良漬まで来ると、時計は急にゆっくりになる。
野菜を塩漬けにする。酒粕へ移す。また別の酒粕へ移す。塩分を少しずつ下げ、アルコール分を上げ、仕上げには本みりんも使う。完成まで一年以上。
一年、置いておくのではない。
一年、何度も移す。
1870年から1904年へ進んだ時間が、今度はひとつの野菜の中で、ゆっくり進み直す。
現在の「こうべ甲南 武庫の郷」には、本店や食事処と一緒に、資料館、日本庭園、料理のための場所まである。奈良漬を買う場所の横に、奈良漬になる前の時間をたどる入口がある。
酒をしぼった。
酒粕が残った。
残った方が、百五十年以上先まで話を運んだ。
