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STORY 34

1850年創業の弁松は、自ら『濃ゆい味』と呼ぶ味を、好みが分かれても薄めない。ペリー来航の三年前から現在まで、変えない判断が運んだ時間を見る。

濃い。

甘い。しょっぱい。

そして、今の好みへ薄めない。

日本橋弁松総本店は、自分たちの味を「濃ゆい味」と書いている。しかも、好みが分かれることまで隠していない。

いま食べやすい味へ寄せるのではなく、濃い方を残す。

いつから、そんなに濃い?

時間を戻す。

1850年。折詰料理の店「弁松」が始まる。

ペリーが浦賀へ来る、三年前。

もう少し戻る。

1810年。日本橋魚河岸の食事処「樋口屋」。忙しい魚河岸の人が料理を残して席を立つ。残った料理を経木や竹皮で包んだところ、持ち帰る人が増えたという。

食べ終える時間がない。

ならば、包む。

店の料理が、魚河岸の外へ動き始める。

味が濃くなった理由について、弁松は一つに決めていない。日持ちのため。働く人の力になるため。高価だった砂糖を使う見栄。江戸っ子の好み。水や、だしとの関係。

説まで、濃い。

分からないものは分からないまま、それでも味だけは薄くしなかった。

現在の折箱にも、めかじきの照焼、玉子焼、蒲鉾、野菜の甘煮、生姜の辛煮などが入る。箱は経木。持ち帰るという最初の仕事も、まだ形に残っている。

照焼や玉子焼、野菜の煮物と白飯を経木の折箱に詰めた、水彩イラスト
甘い。しょっぱい。経木の箱に、濃い味が並ぶ。※記事に登場する料理を描いたイメージです。Illustration: YOMITABE

今の折箱を開ければ、1850年とまったく同じ味に出会える、というわけではない。

それでも、薄めずに伝えたい味があると、今の店が言っている。

ペリーが来る。時代が明治になる。百年が過ぎる。二百年が近づく。

それでも、弁当は濃いまま来た。

まだ食べていないのに、話まで濃い。