醤油を使い切った瓶は、空になる。
洗えば、もっと空になる。
では、醤油を搾ったあとの木桶は?
空。
……本当に?
小豆島のヤマロク醤油は、すべての醤油を杉の木桶で仕込む。大きいものは約6,000リットル。もろみを搾り出せば、目に見える中身はなくなる。
でも、杉の表面には乳酸菌や酵母菌などの微生物が住み着いている。
空の桶に、住人がいる。

では、空き家では?
いや、次の仕込みが来るから、留守番中?
桶の話をしていたはずなのに、家の話になってきた。
しかも住人は、桶の中だけにいない。ヤマロクの説明では、百年以上前に建てられた蔵の梁、土壁、土間にも微生物が暮らしている。崩れた土壁も捨てず、新しい土と練り合わせて元へ戻すという。
壁を直す。
ただし、古い壁を少し混ぜる。
新築のように全部きれいにすると、困る住人がいるらしい。
桶が道具で、蔵はその置き場所。そう分ければ簡単だった。
でも菌から見れば、桶も梁も壁も床も、全部ひと続きの住まいかもしれない。
では、醤油をつくっているのは誰だろう。
人。菌。桶。壁。
……土間も?
話が広がりすぎたので、桶へ戻る。
木桶で醤油をつくり続けるには、次の桶をつくる人も必要になる。ヤマロクが2011年に始めた「木桶職人復活プロジェクト」は、新しい桶をつくる技術をつなぐ取り組みだ。古い住まいを守る話が、新しい住まいをつくる話につながった。
新品の桶。
まだ、この蔵の時間は入っていない。
そこへ仕込みを重ね、微生物が住み着く。
いつから、その桶は新品ではなくなるのだろう。
最初の醤油を入れた日?
最初の菌が住み着いた日?
醤油の話だったはずなのに、いま気になっているのは、道具が場所に変わる瞬間だ。
桶を空にしても、疑問だけ残った。
